「社長、私の仕事って、そのうちAIでいらなくなるんでしょうか」
経理を長く任せている社員から、そう聞かれたらどう答えるでしょうか。ニュースを開けば、AIが請求書を読み取り、仕訳を作り、集計まで終える話が毎日のように流れてきます。社長自身も、内心どこかで同じことを考えていたかもしれません。
「そんなことはない」と言ってあげたい。けれど、言い切れるだけの理由が見つからない。
本当に、事務の仕事はなくなるのでしょうか。
そろばんから電卓へ
少し昔の話をします。
経理の机の上では、そろばんが電卓に替わり、やがて電卓も表計算ソフトに替わりました。そのたびに「もう計算する人はいらなくなる」と言われたはずです。
パソコンが広まったときも、インターネットで何でも調べられるようになったときも、同じことが言われました。
実際に、そろばんを速く弾く腕前は、ほとんど必要とされなくなりました。けれど、経理の人がいなくなったかというと、そうはなりませんでした。
消えたのは「計算する作業」で、経理という仕事ではなかった。
道具が変わるたびに起きてきたのは、この入れ替わりです。AIも、同じ流れの中にあるのかもしれません。
事務の仕事には、二つの中身が混ざっている
経理や総務、人事といった、いわゆるバックオフィスの仕事を、ここではまとめて「事務」と呼びます。
その中身をよく見ると、性質の違う二つのものが混ざっています。
ひとつは「作業」です。伝票を入力する、数字を転記する、毎月同じ表を作る。手順が決まっていて、誰がやっても同じ結果になるものです。ここは、AIが一番得意なところです。
もうひとつは「判断」です。「この請求、いつもより金額が多い」と気づく。取引先の事情を知っていて、支払いの順番を考える。決まりに当てはまらない例外を、どう扱うか決める。
社長が「あれ、まとめておいて」と言ったときに、銀行に出すのか、社内の会議で使うのかを汲み取って、形を変える。最後に「これで出します」と引き受ける。これも判断の側の仕事です。
AIが引き受けるのは、主に作業のほうです。判断のほうは、会社のことを長く見てきた人にしかできません。
不安の正体は、この二つを一つの「事務の仕事」としてまとめて見ていることにあるのではないでしょうか。
頼りにされる人は、掛け算でできている
では、作業が減ったあと、事務の人の価値は何で決まるのでしょうか。
ひとつの技能だけで比べると、AIや外部のサービスにかなわない場面は増えていきます。入力の速さも、集計の正確さも、道具のほうが上です。
けれど、いくつかを掛け合わせると話が変わります。
会社のお金の流れを知っている。現場の人の言葉が分かる。AIの使い方も少し分かる。どれも満点である必要はありません。それぞれ満点でなくても、三つが一人にそろっていると、ほかに替えがききません。
こう書くと、何人かの顔が浮かぶのではないでしょうか。「あの人に聞けば分かる」と社内で言われている人は、たいていこの形をしています。
AIは、その人の代わりになるのではなく、その人の手を空けてくれる道具です。空いた手で、判断や、人と人の間をつなぐ仕事ができるようになります。
私が携わった現場では
私が携わった現場でも、業務の仕組みを入れ替えたことがありました。そのとき一番頼りにされたのは、システムに詳しい人ではありませんでした。伝票がどこから来て、誰の手を通り、どこで止まりやすいかを全部知っている、管理部門の担当者でした。
システムを作る人は、伝票の項目は分かっても、その数字が現場で何を意味するかまでは分かりません。現場の人は、困りごとは言えても、それを仕組みの言葉にはできません。その間をつないだのが、毎日伝票を見てきた人でした。
作業の量ではなく、両方の言葉が分かることが、その人の価値だったのだと思います。
まずは、一週間の仕事を二つに分ける
大きな計画は要りません。
事務を任せている人と一緒に、一週間の仕事を紙一枚に書き出してみてください。請求書の発行、月末の支払い、備品の注文。思いつく順で構いません。そして一つずつ、「誰がやっても同じになる作業」か、「この人だから判断できること」か、印をつけていきます。
ひとつだけ、始める前に伝えておきたいことがあります。「これは、仕事を減らす人を選ぶための作業ではない」と、先に言葉にして伝えることです。その一言がないと、仕分けそのものが、冒頭の不安を大きくしてしまいます。
作業の印がついたものは、AIや道具に任せられる候補です。判断の印がついたものは、その人の強みです。そこは、言葉にして本人に伝えてください。
この一枚があるだけで、「仕事がなくなる」という話は、「仕事の中身が変わる」という話に変わります。
道具が変わっても、人は残る
そろばんが電卓に変わったとき、残ったのは、数字の意味が分かる人でした。
AIが来ても、おそらく同じことが起きます。作業はAIに任せて、会社のことを知っている人が、判断や、人の間をつなぐことに時間を使う。その形を社長が先に描いておけば、社員の不安は、少しずつ安心に変わっていくのではないでしょうか。
「私の仕事は、いらなくなるのか」という問いへの答えも、そこにあります。
道具がどれだけ賢くなっても、人にしか担えないことがあります。何のための仕事かを汲み取ること。最後にどれを選ぶかを決めること。その結果に責任を持つことです。
まずは、事務の人と一緒に、一週間の仕事を書き出してみましょう。